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2026/03/27 12:48
始まりの春に向けて…なんて、大仰なことは最初考えていませんでした。でも気がついてみたら、全てがこの春にむけて輪郭を際立たせ始めている、そんな、偶然がおりかさなって出来たトルクアルタの近況です。
多分、きっかけはもう何年も前からでした。
必死に前へ前へと進むことだけ考えて、作れるものの精度を上げてきて。より使いやすく、よりキレイに、より丈夫に。ものがいいだけじゃダメだ…包み方は?伝え方は?見せ方は?お客様が困った時の受け皿は?叶うことは全部全部この手でやっていこう。焦燥にも似たそんな思い。
「完璧主義なんだと思うよ」
そんな言葉をもらうこともありました。
けど本当の完璧主義だったら。こんな中途半端になったりしない、私は完璧主義になんかなれない。もっともっと…完璧主義なんておこがましい、何もかも、全然足りない。
そんな気持ちを抱えながらもやってきて、最近何かの性格診断で「あなたは、何事も完璧な状態で手渡したいと思っていてこだわりが強い。そのせいでベストのタイミングを逃す完璧主義者」と出ました。読んだ瞬間、ちょっと、すこし、かなり、だいぶ…?その、刺さりすぎて、頭がフリーズしてしまって。え、嘘、痛い、そうだったの???と。飲み込むまでしばらくかかりました。
とはいえ、きっと自覚はあったのです。どこかで見ないふりをしていたけれど、分かっていたのだと思います。そして、今のやり方では、この先続かないということも。そしてその、潰れそうな完璧主義者の顔で、当時まさに作っていたDiscordのファンサーバーも、走り出そうとしていました。
「全てを完璧にしてから手渡したい?」
作品のみならず、他の全てに至るまで杜撰なものは出せない。当然です。お客様が身につけるもの、その手で触れるもの。私たち作り手には、安全かつ喜ばれるものを手渡すという務めがあります。それが、作り手にとっての喜びでもある。そう思います。
しかしいつの間にか、必要以上に完璧さを求め…そのせいで完成しなかったり、駆け足でプレゼンする雑さを招いたり、思い出せば心当たりはいくつも。どうしてこうなったのだっけ。もう、度を超えたプレッシャーは手放さなくては。
そう思って、今まさに取り組みつつも「全然出来ない」「正解がみつからない」と悩んでいたファンサーバーを、一旦シンプルな設計に作り変えました。なにかを足す時は、お客様の声を聞きながらにしよう。作り込みすぎず、誰もが安心して来られる場所にしていこう。
「怖いまま、それでもやってみる」
シンプルにすると決めた。けど、完成品でも明確なゴールがあるわけでもない「今から育つ苗」を皆さんに見せていいのか?コミュニティなら、もっと充実させてから皆さんをお迎えするべきじゃないのか。不安はいくつも湧いてきました。
「なるべく完璧に」「お客様が不安にならないように」と取り組んできたのに、出来上がってないものを出すなんて。けれど、実際…いざシンプル設計で組んでみると。あれ??なぜか、違和感がない。
どうして…?完璧じゃなきゃ嫌なんじゃなかった?不安は?怖さはどこ?完璧主義者ってどこが!?
謎が深まってしまった、わね…などと思いながら、違和感がないならやってみましょうと手探りで進めていく中。実生活に、ちょっとした事件が飛び込んできました。
何と以前からずっと探していた工房が、適した場所が見つかったかもしれないという。あらゆる物件を当たって、あんなに探して見つからなかったのに?ここへきて急に?本当でしょうか!
おそるおそる、でも今は着実に確認、そして手続きを進めているところですが…恐々ながらも、でも、工房ができたらどうしよう、嬉しい。一気には無理だけど少しずつ揃えていこう、あれも、これも。ああきっと全部できる!そう胸はふくらみました。お客様用の作業机はどうしよう、作れる種類は?工具は?なにを揃えよう!
そして急に気がつきます。
あれ、これって。今作ってるファンサーバーと同じ…??
徐々にでも、自由度の高い受け皿がつくれる安心感
完成していく過程も共有したいと思う、期待感
同じだ、私、もしかして。
「欲しかったのは完璧じゃなくて」
点が線になって繋がっていくような心地でした。
私が欲しかったのは、完全無欠の「完璧」じゃなくて。「ここに来てもらえば大丈夫」っていう「安心感」だったんだ…。
元々、私はお客様と対面で物を作ることに慣れていました。ワークショップの先生として、小さいお子様から大人の方まで、それこそ何千人というお客様と出会ってきて。わずかな表情や手つきの機微、そこから読み取った「興味の向く方向」「得意な作業」「お好みはこっち」といった空気をかさねて、お客様が心底うれしいと笑ってくださる「これが好き」を見つけてきました。
こうして思い返すと本当に、幸せでしたねえ…。どうして困ってるのか理解したくて、お手伝いがしたくて、満足して笑ってお帰りになる姿が見たくて。それが叶う、本当に豊かな時間でした。
オンライン販売に力を入れて以降は、そうした時間が持てなくなり。どんなフォローも対面より届けづらいのは、私にとってはひどく心配でした。丁寧に手紙を書いても、大切に包んでも、それを開ける瞬間の表情が見られない。想像するしかない。
それで受け皿を、せめてお客様が困った時にたどりつく場所が増えるようにと、情報や仕組みを次から次へと増やしました。litlink、インスタ、メール、LINE、BASEにくっついてるPayIDも、良さそうだと思ったら何でも使いました。
写真をかっこよくしたいとか、まず興味をもって貰わなくちゃとか、そういう理由で取り入れたものも勿論多かったです。ただ、あの「がんじがらめの完璧主義」の根源は、困ったままのお客様がいないか、見えない不安を拾えずに放置してないか、説明も、見せ方も、動線も、お客様の安心につながっているか、ちゃんと見届けたい。そういう「完璧さ」でした。
せっかく出会えた方に、なにか一つでも楽しい気持ちを手渡したい。安心して笑ってもらいたい。ずっと、ずーーーっと、それがしたかった。
「完璧なものを渡したい」から「安心できる場所を育てたい」へ
始まったばかりのファンサーバーも、まだ確かになっていない工房も、根っこはおなじでした。完成されたものを一方的に差し出すだけじゃなく、必要なときに皆さんが手を伸ばせる場所がほしい。
ネットでも、対面でも。
「ここなら大丈夫」と思ってもらえる場所を作りたい。
ばらばらだった欠片が集まって、今やっと本当にほしいものに気づけた気がします。進んできて、よかった。だいぶ遠回りもしたけど、ちゃんと望んでいた場所に帰って来れたのかなって。
トルクアルタを応援してくれている人は、あまり声に出さず、ひっそり静かに見守りたい人も沢山いて(笑)声を出しづらい人も、ちょっとした違和感をひとりで飲み込まなくていい。そんな場所を、これから少しずつ作っていきたいです。
声出すの全然平気!っていう人も(笑)みんな一緒に、素敵な場所を育てていきたい。目に見える声があってもなくても、わたしはその全部から、日々皆さんの小さな光の欠片をたくさん受け取れるから。これからも、そばにいてくれたら嬉しいです。これからも、よろしくお願いします。

そして、ファンサーバーって結局なに…?の説明動画はこちら!(Youtube)ほらねすぐ何でも説明したがる!(笑)だって動画で!見ないと!分かりづらいと思ってぇ!!🤣
